第一話

 維新の三傑の一人として知られる西郷隆盛は、実際には上野公園に立つ銅像とは似ても似つかない風格であったという。でも北海道出身の田舎者にとっては、そんな事実は全くどうでもいい問題で、東京を象徴する観光スポットのひとつ、上野公園の西郷隆盛像を、僕はひたすらぱしゃぱしゃと撮っていた。しかし写真を撮った良いが誰に送る?こっちで出来た知人友人は、(約1名の不明者を除いて)すべて東京出身者である。少し迷った末、とりあえず実家に送ることにした。送信ボタンを押すと、ちょうど公園の階段を上ってくる人物が目に入った。

黒いロングヘアーが風になびく。いつもと同じように、その端正な顔立ちに不機嫌そうな表情を浮かべた結城さんだった。

「待った?」

手を振る僕を見つけて彼女が聞いた。白いノースリーブのブラウスにデニム地のパンツ。普段通りにそっけないファッションだが、スリムな身体によくフィットして似合っている。

「いや、僕もさっき着いたところ」

「そう」

実際は30分前に着いていたのだが。

結城さんが、あたりの観光客を見回して不思議そうに言った。

「どうして西郷隆盛を撮っているのかしら。あの像の写真なんてプロが撮ったものがいくらでもあるのに」

「う、うーん……」

どうやって取り繕うべきかを考える。

「多分、自分が来たっていう証明みたいなものじゃないかな?思い出、というか……」

「マーキングみたいな?犬の」

僕は、実は自分もさっき撮っていたとのだいう言葉を飲み込んだ。

 さて、どうして僕が結城さんと、上野公園でこんなデートまがいの待ち合わせをしていたのかというと――。

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「すごい……本当に秘密基地だ」

僕は、結城さんの自宅に設けられた施設に案内されていた。隠し扉のエレベーターから地下深く潜っていったその先には、コンピューターやモニターで一面を囲まれた一室があった。

「何度も言うようだけれど……このことを誰かに話したら、殺すから」

背筋を凍らせる一言だけを残して、結城さんは別室に入ってしまった。スーツの調整があるという。

 

 僕の提案(結城さんの戦いに協力すること)は、フォージアンの自立型支援プログラム・人工知能シスルの協力により受け入れられた。彼女が納得したのかどうかは分からない。だが、シスルの説得――だいたいこのような事態になったのには麗華にも落ち度がある。素人に尾行されるなんて、危機感に欠ける振る舞いではないか云々……そうした視野の狭さが云々……従って、君は責任を取るべきだ云々――むしろ説教に近いそれを延々と聞かされるのに、結城さんはうんざりしたのだろう。

 その代わり、彼女はいくつかの条件をつけた。いくつか列挙すると、

一、勝手な行動はしないこと

一、勝手に秘密を探らないこと

一、秘密を誰にも漏らさないこと

一、結城さんの命令には従うこと

一、必ず、自分の身の安全を最優先して行動すること

長い誓約書にサインすることによって、僕は晴れて特警機甲の協力者の身分を手に入れたのだった。

 

『さあ、何でも聞きたまえ。僕に答えられることであれば何でも答えよう』

目の前のモニターには、赤い花と矢を図案化したエンブレムが映し出されている。

『僕はフォージアンのサポート・プログラムだから、君が疑問に思っていることについては大抵のことは答えられよう』

さて、疑問に思っていることといわれても、沢山ありすぎて……

「結城さんは……その、完全な……ロボットなのか」

『いや、すべてが機械という訳ではないよ。具体的にどの部分が、ということについては答えられないが。そもそも、彼女はかつては完全な人間だった。』

「え、でも彼女は、自分は兵器だって……」

『麗華の主観ではそうなんだろう。実際は、――君も知っているように――彼女は食事もするし排泄もする。容姿も人間だったころの外見をベースに、経年に応じて自動的に成長するようプログラムされている。』

「……彼女は誰に改造されたんだ」

『彼女の父親に。』

「父親……!?」

血のつながった家族に……?

『彼としては、彼女に人間らしい生活を維持してほしいと思ったのだろう。だからわざわざ自動成長プログラムなどという非実用的な機能を搭載した』

「でも、結城さんは自分のことを人間だと思っていない……」

『それはそうだ。いくら機械の身体に人間らしい機能をつけたとしても、それはオプションに過ぎない。いつでももっと効率の良い機能に取り換えることが出来る。人間の世界から離脱できる可能性を排除できない限りにおいて、彼女は本当の人間にはなれない。』

彼女にとって、人間の世界は幻灯芝居のようなものだ――とシスルは言った。

『結城麗華の本体は特警機甲フォージアン。少なくとも彼女はそう認識している。』

「そうだ、特警機甲って一体何なんだ?」

『特警機甲――もちろんこの国に公式にはそのような機関はないことになっている。いかなる法令・議事録を引いたとしても、その名前は見当たらないだろうね。ただ国家の上層部にいるごくわずかな人間だけが、その存在を知っている。』

国家公認の秘密組織ということか。

『特警機甲の任務は、イドロの発見と殲滅。あの巨大な蝶もイドロの仲間だ。』

聞いたことが無い言葉だ。

『ギリシア語で偶像という意味だね。そしてその名の通り、イドロはこの地球上で自然に誕生した構造体ではない。人間がつくったものだ。』

まあ、人間につくられたという点では僕も同じだがね、と人工知能は言った。

『――かつて、この国にある研究所があった。それは最上級の国家機密に属した。なぜかって?けして表には出せない研究ばかりやっていたからだ。たとえば国内法や条約によって禁止されているはずの兵器の開発、遺伝子操作によって人造生命を誕生させること、人権を無視した人体実験……そこは、研究倫理あるいは社会的責任という名の制約を、科学の進歩を疎外する余計な枷と信じるある種の研究者にとっては楽園だったはずだ。各地に研究施設がつくられ、熱に浮かされたように研究が行われていた。個々のプロジェクトはそれぞれ極秘に行われていたため、その全貌は研究所長ですらつかめてはいなかった。スポンサーには事欠かなかった。国内のトップ企業や海外の軍閥などと、その成果はつねに高額で取引されていた。つい5年前まではね。』

5年前までは?

『――5年前、所長の久慈孝三郎含む主だった研究者25人のうち24人が何者かによって殺害され、1人が行方不明になる事件が起こった。その際、すべての研究データは消去されるか、あるいは紛失した。このことを知った一部の人間たちは、事件が発覚することを恐れた。政界、財界、官界、アカデミズム、そして自衛隊にまたがる大スキャンダルだ。したがって彼らは――すべてをなかったことにした。』

「なかったことって……?」

『文字通りの意味だよ。そんな研究所は初めからなかったのだ。研究者はそれぞれ無関係に事故死したことになった。生き残った末端の研究者たちは、口を噤むことを強いられ、後に一人ずつ消えていった。あらゆる記録は過去に戻って改竄されるか、抹消された。全く非合理的な考えだが、書類に書かれたことが事実となる彼らの世界観においては、それですべては片付いたはずだった。しかし――いや、案の定というべきか――問題が残った。イドロだ。既に述べたように、各プロジェクトは極秘に行われていた。全体を見通していた者はだれ一人いなかった。そして研究施設はすべて破壊されていたわけではなかった。制御するものがいなくなった実験生物や兵器はやがて暴走を始め、表の世界に出てくるようになった。技術の反乱だ。』

まるで古いSFのようじゃないか、とシスルは言った。

「それがイドロ、か。特警機甲はそれを殲滅するための組織なんだね」

酷い話だ、と思った。そんな責任回避の大人たちのために、結城さんは戦わさせられている。

『理解してくれたようだね。ただひとつ勘違いしている。特警機甲に組織など存在しない』

「え……?」

『フォージアンは特警機甲唯一の戦力だ。麗華が倒れた瞬間、特警機甲は終わる』

そういえば結城さんは「仲間なんていない」と言っていた。でも、なぜあんな怪物相手に戦力を充実させようとしないんだ――?

『さっきも言ったように、秘密の研究所など存在しなかった。したがってイドロも存在しない。存在しないものに対して対策を立てる必要はない。それが彼らの考えだ。まあ、誰も責任を取りたくなかったんだろう』

「そんな!!あんな怪物が現実に暴れ回っているのに!!」

『彼らにとって現実とは、記録されたことでしかない。記録されなかったことは存在しない。まったく……非合理的なことだが、それが事実なのだから仕方がない。我々にはどうしようもできないことだ。』

「……結城さんは、どうしてフォージアンなんて役割を引き受けているんだ。ほとんど罰ゲームじゃないか」

『彼女の目的については、僕から伝えることはできない。彼女自身に聞きたまえ。――ただ、そうだな。事実だけは伝えておこう。彼女の結城という姓は、母親のものだ。本当の名は、久慈麗華という。』

「久慈……?まさか!」

『――そう。結城麗華は久慈孝三郎の娘。そして久慈孝三郎こそフォージアンの生みの親だ』
 
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