轟音と共に、目の前の壁が崩れた。狭い地下道を忙しなく行きかう人々がわっと声をあげて、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 当然、僕は逃げ遅れたのだった。つい昨日まで北海道の片田舎の住人だった人間が、ザ・大都会の人間たちのテンポの速さに合わせられるはずがない。僕は壁を突き破って出現した芋虫――いや、芋虫なのか?この世に軽自動車サイズの芋虫など存在するのだろうか――とにかく、その青緑色でたくさんの節がついた生き物が僕に向かってその巨体を持ち上げたのを、まるでテレビの画面にうつる映像であるかのように、呆然と口を開けて見ているしかなかったのだ。

そういえば出発前、首都圏ではテロ事件が流行っているそうだから気をつけなさいと母が言っていたっけ。はいはい気を付けるよとそのときは簡単に流していたが、まさか本当に遭遇するとは……。しかもよりによって、せっかく都内の大学に合格して、新生活への期待を胸に上京した初日にこれかよ――。僕が自分の運命を呪ったその瞬間だった。
  

 目の前が、真っ赤に染まった。

――血?

いや、身体のどこにも傷はない。そもそも痛みが全くない。

それは、人間だった。まるで中世ヨーロッパの騎士のような、全身を深紅に輝く鎧で覆われた人間が目の前にいて、今にも僕に向かって倒れかかろうとする巨大な芋虫を、片手で受け止めている。

『逃げなさい!』

凛とした声が響く。やや機械音声がかってはいるが、少なくともそれは女性の声であることは分かる。さらにその深紅の女性は、芋虫目掛けて鋭い蹴りを放つ。

ドシン!!

彼女の足が青緑色をした芋虫の醜い腹に食い込めば、途端にその巨体は数mも吹っ飛んでいく。

『どうしたの。早く逃げないと貴方の命が危なくなるのよ』

 彼女が振り向いて、僕の方を見る。騎士のような紅い鎧には良く見ると様々なパネルやディスプレイがついていて、それが中世のものではなく、現代のテクノロジーに依存した装備であることが分かる。そして頭部は身体同様、紅いヘルメットと黒いバイザーに覆われていて、その素顔をうかがい知ることはできない。だけどバイザーの奥に輝いている二つの黄色い瞳は、心なしか若干僕を睨んでいるように見えた。

 得体の知れない人物には違いないが、どうやら敵ではないらしい。しかし恥かしいやら情けないやら、僕は逃げたくても逃げられなかったのだ。地面に尻餅をつきへたり込んだ僕の腰は、完全に抜けていたのだ。まがりなりにも18年生きてきた中で、腰を抜かすという体験は初めてだ。

そんな僕の状況を悟ったのか、彼女は呟く。

『……そう。世話が焼けるわね』

マスクに覆われている口元から溜息が聞こえたような気がした。

「ご、ごめん、助け――」

僕が彼女に請い願おうと(情けない!)したそのとき、彼女の後ろに黒い影が迫る――。彼女に蹴り飛ばされた巨大な芋虫は、予想外に早く体勢を立て直し、反撃を開始したのだ。

「危ない!!」

僕たちが怪物に押しつぶされようとするその瞬間、彼女は動けない僕を抱えて横に跳び、そのままゴロゴロと転がる。爪が彼女の鎧をかすめたが、間一髪、僕たちはその直撃をかわすことができた。

ズガンッ!!!

地下道の床が同心円状に破壊され、粉塵と石片が舞い上がる。僕は思わず目を閉じる。彼女の硬質的な胸の中で。時間にして数秒。うっすらと眼を開けると、その白い煙が晴れたそこには――意外なことに、その芋虫の怪物はもう影も形も見当たらなかった。

  

『入ってきた穴から逃げ出したのね』

彼女は立ち上がると、穴の中を覗き込んで、芋虫の確認する。爪が鎧をかすめ、また僕を庇って石片を体中に受けていたはずだが、彼女のボディには傷一つなく、いまだ深紅に輝いている。胸のディスプレイに何やら表示されているのを見ると、怪物の行方を探査しているらしい。だが結局追跡に失敗したのか、しばらくすると穴から出て、また僕のほうを見て腕を組む。

 そうだ、助けてくれたお礼を言わなければ……。

「え、えっと、助かったよ。本当にありが…」

だが、僕の感謝の言葉を遮って、彼女は、たとえ機械音声に変換されていたとしてもはっきり分かるぐらい冷たい声で、僕を責めるように言った。

『完全に見失ったわ。あなたのせいよ』

  

――それが、僕と"フォージアン"との出会いだった。
 
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