少し間が開いてしまっているので、先行で公開しました。続きは書きあがり次第、まとめてpixivに投稿します。

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 大学に続く銀杏の並木道が鮮やかに色づきだした頃、学園祭のシーズンが到来する。キャンパスにはタコ焼き、わたあめ、クレープ……体育会系のサークルが主催する様々な出店が立ち並び、講堂ではお笑い芸人や声優のイベントに、内外から観客が詰めかける。人が集まる広場には、大道芸やバンド演奏のステージが組まれる。演劇のチラシを配っている劇団員や、ここぞとばかりに同人誌を売っている文科系サークルの横を、手をつないだカップルが通り過ぎていく。賑やかに、晴れやかに繰り広げられる年に一度のお祭り――学園祭――のはずなのに……

「……どうしてこうなるんだ」

僕はキャンパスの外れにある古い建物の、一階の廊下の奥にある薄暗い教室で、ほとんど訪れる人がいない怪しい展示の受付をしていた。

 汚れた鉄のドアの入り口には「××大学民俗文化研究会」と書かれたタテカンが置かれており、教室の中には国内外から集められた(一体どのような手段で集めてきたのか理解に苦しむ)美術品や、衣装や、楽器や、武具や、その他何に使うのかまったく分からない道具が陳列されている。

ただでさえ不気味な空間なのに一人で受付をしていると、気温の低さ(ここ、暖房も通ってないんじゃないか?)も手伝って、本当に背筋が寒くなってくる。たまに来る人といえば、血走った眼で展示品をまじまじと見つめ、記帳用のノートに何やら長文を書き記していく年齢不詳のおじさんか、道が分からなくなって迷い込んだのか、部屋の中を覗き込んではぎょっとした顔をしてそそくさと立ち去る学生のどちらかだ。

当然ながら、僕こと相原浩平は、このようなサークルのメンバーではない。なのに、なぜこんなバツゲームのようなことをやらされているのかというと――

 

 一週間前のことだった。

「相原、ハロウィンの写真ができた」

友人の八島が言った。

「写真」

「そう。結城さんや七瀬さんや星川さんのあんなショットやこんなショットがてんこ盛り」

「てんこ盛り」

「うむ、せっかくのコスプレだったのに、お前、全然写真撮ってないだろ?なんか忙しそうだったし――」

「馬の被り物させられていたからだよ!」

「というわけで、写真が欲しかったら……」

「あー……ちょっと待って。お金なら無い」

「知っている。だが、そうじゃない。ちょっとバイトを手伝ってほしいんだ。とあるサークルの部長が俺の知り合いなんだけど、人手が足りないらしくてさ……」

といって、押し付けられたのがこの仕事。時給は800円ポッキリ。都の最低賃金を下回っているが、おそらく八島に中抜きされたためだろう。まあ写真が手に入って、出店で昼飯を買う程度のお小遣いも手に入るならいいかもしれない。頼まれたのは、午前中の2時間ぐらいだし……と思っていたのだが……。

 

「どうして交代人員が戻ってこないんだ!!」

僕は誰もいない部屋で、会議用の折り畳み机をドンドンと叩いた。予定の時間はもうとっくに1時間を過ぎている。別にこんな展示、放っておいてどこかへ行ってしまってもいいのだが、そうもいかないのが小心者の辛いところ。せめて結城さんと二人だったらなあ……と思うが、そもそも彼女が学園祭に来るなんてこと自体がありえない。かなり前にメールしたけど返事はない(いつものことである)。

 他に呼べそうな人……といっても、倉田と星川さんのカップルは多分ラブラブでお祭りを満喫しているだろう。お化け屋敷なんかあろうものなら即決で入っているぐらいの勢いで。邪魔するわけにはいかない。もっとも、あの二人はお化け屋敷なんかとは比べ物にならない恐怖体験をしているのだが。

七瀬さんは、八島たちと回ってるから行けないと可愛い絵文字つきでメールしてきた。八島!?思わず二度見したことは言うまでもない。あいつ、バイトを僕に押し付けて自分だけ……!

「はぁ~……、何で僕はいつもこんな目に合うんだ……」

すっかり元気がなくなってしまった僕は、会議机に力なく突っ伏した。そのとき……。

 

「あの、すいませーん。ここですか?」

声がしたので入口を見ると、ひとりの少女がぽつんと立っていた。野暮ったい黒髪のロングヘアーで、どことなく結城さんを思わせる髪型だが、彼女とは対称的に小柄で、顔つきも柔らかい。赤いメガネが印象的な大人しそうな子だ。

「ここじゃないです。手芸部は廊下を戻って左ですよ」

僕は起き上がってパンフレットの館内図を指差しながら返事をした。

「手芸部じゃないです。民俗文化研究会なんですけど……」

「民俗文化研究会ならここですけど。聞き間違えじゃなければ」

その瞬間、彼女は手を合わせて喜んだ。

「わぁ!見ていってもいいですか?」

僕はぽかんと口を開けた。

「……どうぞ。あと記帳していってくれると、先輩たちが喜ぶと思います」

「はい!ありがとうございます!」

少女はぺこりとお辞儀をして、ノートにさらさらと名前を書いた。自分は全然関心ないけど仕事だから仕方がなくなんですよオーラを必死で出しながら、ちらりとノートを見る。おじさんの長文の下に、いかにも女子らしい丸文字で、羽田梨依と書かれている。はねだりえだろうか?可愛らしい名前だ。

彼女は、いかにも興味深そうにいろいろな展示品を眺めている。怪しげな人形に怪しげな太鼓、怪しげな帽子……。可愛らしい名前、可愛らしい風貌の女の子に、こういう趣味があるなんて……つくづく人は見かけによらないものだ。

「いや、いかんいかん、僕には結城さんがいるのだからして……」

つい後ろ姿に見とれてしまったことにハッと気づき、頬をパンパン叩いていると、彼女が僕に声をかけてきた。

「あの、サークルの方、すみません。ここに展示品があったと思うんですけど……」

「あ、僕はサークルの方じゃないです。ただの手伝いなんで」

「そうなんですか……?じゃあ、何てお呼びしたらいいんでしょう」

「んー……相原でいいです。で、展示品がどうしたって?」

「ああ……、ここに展示品があったと思うんですけど……」

彼女が指差したところには、確かに何も品物が置かれていない空間があって、その下にパネルが貼り付けられている。明らかに何かがあったものが取り外された格好だ。

「そうですね……でもさっきも言った通り、僕は会員じゃないから分からないな……」

「そう……ですか……」

彼女はがっくりと肩を落とす。

「あの……この展示品が何か?」

「ええ。私、この仮面を見に来たんです」

「仮面?」

パネルを見ると、確かにオーノの仮面と書かれている。ここに置かれていたのは仮面だったのか。

「そうです。これです」

彼女は自分のスマホを操作して、僕に画像を見せてくれた。仮面というよりは、独特の意匠をした全身を覆うぐらいの巨大な被り物だ。ハロウィンの馬の仮面を思い出して僕はちょっと顔をしかめた。もっとも、あれの3倍ぐらいの大きさだったが。

「南西諸島にある、とある島に伝わる伝統的な神事で用いるための仮面なんです」

僕は、えっ、と声を漏らした。

「南西諸島……?てっきり、ニューギニアとかそっちの南の島の民俗文化かと思った」

「確かに日本文化っぽくはないですね。でも、日本の特に南の島々には、ポリネシアやミクロネシアの影響を受けた独特の文化が残っているんです。悪石島のボゼとか宮古島のパーントゥとか」聞いたことはありませんか?と彼女は言った。

「ああ……ボゼなら写真で見たことがある。来訪神の一種だっけ」

以前、僕はサブカルをこじらせてそうしたスピリチュアル的なものを掘り下げていったことがあるので、こういう話はある程度分かる。高校時代の黒歴史だが。

「そうです!この仮面にも面白い逸話があるんですよ……」

僕が反応を示したからか、彼女は急に笑顔になって、早口で語り始めた(オタクっぽい!)。その内容を、彼女の脱線や薀蓄を飛ばして、かいつまんで要約すると次のような話になる。

 

 南西諸島のとある小さな島に、オーノの木と呼ばれる大木があった。島には水源が無いため稲作が出来なかったものの、オーノの木がもたらす神的な力によって、イモや雑穀が食べきれないほど実るのだった。そのため、この島の人々は周囲の島々に比べて良い生活を送っていた。

 ただし、豊富な実りを頂く為に、島民たちはひとつだけ代償を支払わなければならなかった。それは、毎年一人の若い女性を巫女として捧げること。秋の刈り入れが終わった最初の新月の夜、オーノの使いと呼ばれる、大木の葉で身を包んだ精霊が村を回り、前もって選ばれていたしかるべき家の娘を連れて行く。もちろんその娘は帰ってこない。

 ある年、本土から一人の青年が渡って来た。青年はある少女に恋をした。しかしその少女こそ、今年の生贄に選ばれていた巫女なのであった。青年は一計を企んだ。彼は少女の家の床下に太刀を持って隠れ、やって来たオーノの使いを一刀のもとに切り捨てた。そして精霊の身体(木の葉)で仮面をつくり、少女を伴い易々と大木の元に近づいた。そして大木が生贄を取り込もうとした瞬間、オーノの木を太刀でなぎ倒した。そして二人は村人が気づく前に、舟に乗って脱出した。

 オーノの木を失った島には、もう以前のような実りは得られなくなり、村人は嘆き悲しんだ。しかし、幸いにも青年が残したオーノの木の葉で作った仮面には、大木の神力がいまだ宿っていた。それで島の人たちは、その仮面をかぶって、毎年の収穫の後に今年の実りに感謝した祭りを行うのである――。

 

「――という物語なんですけど。どう思います?」

「どう思うって……。オーノの木っていうのは、いわゆる大樹伝説の変形だよね。北欧神話のユグドラシル……中国神話の扶桑……。遠方からやってきた青年が地元の少女に恋をして悪神を倒す、というのもよくある英雄譚だ。だけど、その二つがミックスされているせいで、木の性格がアンビバレントなものになっていることが気になるな。大樹は人々に実りをもたらすが、同時に生贄を要求する、荒ぶる神でもあるわけだ……」

「……相原さん、専攻は民俗学ですか?」

「いや、単にそういうマンガの物真似」

「そうですか。急に顔が沢田研二っぽくなったからびっくりしました」

「羽田さんこそ、どうしてこの物語に興味を持ったの?」

「えーと、そうですね……私、この神話が一番伝えたいことって、人間の醜さだと思うんです」

赤いメガネがキラリと光った。

「醜さ?」

「そう、この島の人々って、すごいクズだと思いませんか?毎年女の子を一人生贄に出して、自分たちはいい暮らしができるって喜んでいる。しかも、青年が木を倒したあとも、ちっとも反省しないで、未練たらしく力を残した仮面にすがっている……って」

「確かに……それだけ島の生活が過酷だったことを示しているとも言えるけど、でも他の人身御供伝説がもっと言い訳っぽくなっていたり、ぼやかした伝わり方になっているのに対して、この物語はむしろ人間の浅ましさを隠そうとしていないように思えるね」

「ところで、仮面はどこに行ったか、本当に分かりませんか。ちょっとした心当たりでもいいんですけど」

「いやぁ……全然」

僕は頭をかいた。

「そうですか……残念です。じゃあ、何かわかったら連絡してくださいね。」

記帳していたアドレスに、と彼女は言って、部屋を出て行った。

 

「変わった子だったなあ……」彼女がいなくなってから、僕は呟いた。だが、確かに仮面がどこにいったのか気にはなる。あの怪しいおじさんだろうか?でもそれが人間の半身を覆うような巨大な仮面だとしたら、さすがに見逃すはずがない。だとすると、最初から無かったのか?僕は今日の朝からいるから……と唸っていると、また入口から声がした。

「猿が梅干を食べたような顔をして何を唸っているの」

「そ、その声は……」

僕が振り返ると、そこには一人の女性が立っている。透き通った黒髪のロングストレート。この世界すべてを憂えるような切れ長の瞳。整った唇からつかれる悪態。自分を可愛らしく見せようなんて気持ちは何一つない、モノトーンのコートにマフラー。

「ゆ、結城さぁぁん!!」

僕は、いろいろな感情が入り混じった情けない叫び声を発した。

「ど、ど、ど、どうしてここに?まさか、僕のことを気づかっ……」

「違うわ」

「食い気味で否定するなよ」

「そんなわけないでしょう」

「否定を強調するなよ。知ってたよ」

結城さんは、部屋の中をぐるりと見回した。瞳のセンサーがジジ……と動いたような気がする。

「相原君、あそこにあった仮面はどこにいったの」

彼女が指差した先は、まさにあの壁の空白だった。

「ああ、オーノの仮面のこと?僕も知らないんだよ」

「……あの仮面のこと、知っているの?」

彼女が僕のほうを向いて聞いてきたので、僕は、さっき羽田さんから聞いた神話をそのまま話した。

「そうね。でも、それは嘘よ」

「知ってるよ。神話が嘘だったことは。でも、神話は単に嘘の話なんじゃなくて様々な文化的……」

「そういう話じゃないわ」

彼女は腕を組んで言った。

「その神話自体が存在しないの。それは、創られた伝統なのよ」